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Posted by on 10月 11, 2013 in SOHO主夫の非日常 | 0 comments

大地のシミ(1)

だいぶだってしまいましたが、8月に福島に行ってきました。
たまたま日本に出張中のアメリカ人の友人E君から突然、「トモ、一緒に福島に行こう」と言われました。一瞬「えっ!」と思いましたが、今の現状を知るには、実際に行く一番だと前から思っていたので、躊躇なく次の日には、レンタカーを手配していました。
別の友人から簡易ガイガーカウターを持っていたので、借りて持って行く事にしました。後から思ったのですが、あくまでも簡易的な機器とはいえ、行動するにあたって、その場所がどの程度の線量なのか周りの雰囲気と照らし合わせる事が出来たので、つくづく持って行ってよかったと思いました。
ちなみに持って行ったガイガーカウンターは以下のような表示をします。
●緑の表示 Normal Radiation Background(通常の線量)
0.4μSv以下(マイクロシーベルト)

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※ちなみに東京の数値

●黄の表示 High Radiation Background(高放射線)
0.4~1.4μSv(マイクロシーベルト)

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●赤の表示 Dangerous Radiation Background(危険な放射線)
1.4μSv以上(マイクロシーベルト)

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前の晩、E君は、ウチに泊まって翌朝出発したのですが、たいした情報もないので、行き当たりばったりで、とりあえず、東北自動車道の二本松経由で南相馬市に向かう事としました。
震災後、南相馬市の市長が世界に向けてyoutubeでSOSメッセージを発信した事もあり、 E君もその地名を知っていました。
行ってみて分かった事は、これまでの自分の想像では、東北自動車道をずっとあがって行くと、ガイガーカウンターの数値も徐々に上がっていくんだろうなと思っていたのですが、実際は、そうでなく、数値の高いところは原発から遠くても高く、低い所は近くても低いという事がわかりました。
例えは、難しいのですが、グラデーションではなく、大地にしみついたシミのようなソリッドな感じです。(余計わかりづらいか…)
それを感じたのが、二本松でした。
ただ、このあたりは、普通に人々が生活している地域です。
高速道路を二本松に降りると、数値がぐんぐん上がり、0.7μSvぐらいになり、今回の旅で、はじめて黄の表示の(高放射線)となりました。
はじめての黄表示にちょっとドキドキしました。
数値はわかってもそれがどのくらい危険な数値なのかというのがピンとこなかったのですが、それに24時間と365日(×8760)をかければ、年間の数値がわかります。
例えば、0.7μSvの場合は、6.132μSvなので、だいたい6ミリシーベルトという事になります。
数値は、あくまでも、車の中のだったんですが、ホットスポットと呼ばれる軒下や排水口とかそういったセシウムが蓄積する場所では、まだまだ線量が高い所が多いと聞くので、ちょっと、うーんと思ってしまいました。
そこから、南相馬市に向かって一般道路で向かいます。
二本松から東へ向かっていくと山道になってきます。
たいくつな田舎道のドライブでしたが、ある地点から様子が変わってきます。
里山的な集落なのですが、よく見ると住民らしき人は、ひとりもいません。
かわりに、作業着を着た人たちが沢山いて集落全体を重機で工事をしているような光景になりました。地図で見るとそこは飯舘村でした。
その作業員は、除染作業をしている人たちでした。
村の色々な場所に、規制線が張られ「立入禁止」の表示がいたるところに、貼られてました。なんだか緊張感のある雰囲気でした。
ガイガーカウンターを見ると、車の中で1.5μSvで赤の表示でした。
その場所で一旦車を止めて、地面に近いところで、測定すると、3.0μSvぐらいまで跳ね上がりました。
そんな場所なのに、自分たちが駐車している車の前には、宅配便のトラックが止まっていて、運転手が休憩をとっていたのは、ちょっと驚きました。
「3μSvぐらいで、いちいち騒ぐんじゃないよ」という感じなのでしょうか。
それまで、ガイガーカウンターは、測定する時にだけONにしていたのですが、
ここから先は、移動中ずっとONにする事にしました。
ドライブ中、運転担当は僕、そして、E君は、ウェブサイトで、情報を収集していました。その際に参考になったのがこのサイトです。
※比較的信頼できる放射線センサーネットワークを展開しているサイト。
しばらく、田舎道の運転が続き、線量も落ち着いてきて、平常値に戻った頃、南相馬市に到着しました。報道でもされているように、この地域は、原発から近いのですが、線量は比較的低いのです。
なので、復興や除染にかかわっている建設作業員が泊まれるようなビジネスホテルが沢山ありました。自分たちも、その中のビジネスホテルに一泊4000円程度で泊まる事にしました。
日没までに少し時間があるので、その場所から南の原発のある方へ車を走らせました。海沿いを走っていたのですが、それからまもなく、全面通行止めの看板がありました。

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ここは、さほど緊迫した雰囲気ではなかったのですが、はじめて見る通行止めのサインだったので、写真に収めました。

少し内陸の国道は、さらに5キロほど近づけるようなので、ギリギリのところまで行きました。
南相馬市の南の方では、津波が襲ったままの姿がまだ残っていて、徐々に人の気配がなくなってきました。更に浪江町のあたりに行くと、完全にゴーストタウン化していました。
また、国道添いの道は、かつては泥棒も多かったのか、住宅地へ続く道はすべて、路面に鉄骨が置かれていて、封鎖されていました。車では、住宅街に侵入できないようになっているのです。
検問所では、10人ぐらいの警官がいて、許可証の提示を求められました。
当然、自分たちは許可証がないので、そのままUターン。
帰りに道に迷いながら寄った、浪江町のゴーストタウン。
■だれもいない住宅地。

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ガソリンスタンド
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雑草は生い茂るけど、外見はなんのダメージもなく、人だけが姿を消した町並みは、とても不思議な感じでした。
ここが、自分の故郷だったらどんな気持ちなのだろうかと思ってしまう。
なんとか、ホテルに戻り近くの居酒屋で食事。
ウェイトレスとの会話が唯一地域の人とのコミュニケーション。
南相馬市は、原発以外にも津波の被害もひどく、彼女の家も流されたという話をしてくれました。
原発周辺は、道が封鎖されているので、翌日のプランがまったくたたず。
その日は、早めに床につく事にしました。
今まで体験した事のないことだらけの一日で、身体は疲れているにもかかわらず、
なんだかその日は、眠れない夜でした。

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