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Posted by on 1月 12, 2016 in 思い出 | 1 comment

デビッド・ボウイの影響力

デビッド・ボウイの影響力

1月11日の午後、新幹線に乗っていたら、スマホの速報でデビッド・ボウイが亡くなったと表示される。

個人的には、特にハマったという記憶はないんだけど、存在感がでかいというか、訃報の後のSNSの反応で改めて大きな存在なんだなと気付かされました。

デビッド・ボウイが特殊な感じがする理由は、ヒット曲を連発していて代名詞的な曲やアルバムがあるという印象がないのに常に一線にいるという存在感。ロックレジェンドというよりは、時代とジャンルの枠を超えた変幻自在のカメレオン的なマルチパフォーマーという位置づけなのだろうか。カテゴリー分けできないオンリーワン的な感じが魅力なのかもしれません。

また、SNSの反応もその人とデビッド・ボウイをつなぐメディア(曲)がそれぞれ違うのも非常に興味深いです。

エピソードの一つとして面白いのは、彼の目に関してなんですが、どこか不思議な雰囲気の目線の持ち主です。その理由は、若い時にケンカをして、片目の瞳孔が開いてしまった事、両目の色も違う。それが、彼にとって、別の運命を与えたとなんかで聞きました。

youtubeでいろいろ見ていると、あ〜これもデイビッドボウイかと改めて思う曲が意外にあった。

アメリカにいた時、一番流れていた曲は恐らくこの曲だと思う。
ちょうど、アポロがはじめて月に行った時ぐらいの曲で古臭いけど、当時の日本のテレビの映像とかと比べるとだいぶ先を行っている感じがします。

それと「Rebel Rebel

 

僕が多分はじめて聞いたのは、すでに商業的にメインストリームだった80年代はじめの「Let’s Dance」か「Blue Jean」。

洋楽世代なんですが、当時は個人的には、特に響かなかったけど、当時他のアーティストとのコラボも多く、クイーンとのコラボの「Under Pressure」とミック・ジャガーとのコラボの「Dance in the Street」は、とても好きでした。

 

理由はないのですが、個人的にこの曲が一番好きでした。70年代の「Changes」。

 

さらに遡って、超初期の頃の曲で「I Dig Everything」。ハモンド・オルガンがたまらない感じで好きだった。

 

人それぞれ、人生のサントラに入ってる曲が違うかもしれませんが、僕のサントラはこんな感じなんでしょうね。

それぞれの思い出の曲が弔いテーマ曲なんだろうな。

追記:イギリス本国では、20ポンド札の肖像をデビッド・ボウイにしようという署名運動が起こっているらしい。。。

1 Comment

  1. デビッド・ボウイですが、貴殿もご存じのビッグリバーさんから伺ったのですが、彼のライブの撮影は、契約が細かく指示されていて、右だったか、左だったの顔を撮影してはいけないそうです。
    特に熱烈なファンではありませんでしたが、彼のレコード、CDの日本語訳は滅茶苦茶らしいです。詳しい内容の本を読んだら、「それはダメだろう。」と思いました。
    この際、ちゃんとした和訳を作って欲しいです。

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